出産の思い出

昔の話ですが、私は第1子を36歳で出産しました。
妊娠が分かり、定期健診に行く度に血圧が高く、当時近くの産婦人科の先生は「ん~」と考えているような、何かを言いたそうな、そんな気がしていました。
私は20代の頃から血圧が上がりやすいので、それが出たのだろうなぁと自己診断していましたが、毎回病院に行く度に高いと自分でも気になり、先生に大学病院での受診の相談を持ちかけてみました。
先生は即答で「紹介状を書くので行って下さい」笑でした。
大学病院で受信を受けると、「直ぐに入院を」と言われ、慌ただしく家に帰り入院の準備をし、病院に戻りました。
一人目なので家はほったらかしでも心配は無く、3色昼寝付きのマタニティライフを出産まで病院で過ごすことになりました。

身体も自覚症状が無いので、ベッド上で本を読んだり、出産用品のカタログを見たり、同室の方たちとお喋りをしたり、中々快適な毎日を過ごしていました。
妊娠7ヶ月頃自宅でお正月を過ごすために帰りましたが、そこで転倒し足指を骨折してしまい、痛みを我慢して過ごし病院に帰ると、先生も驚いたようです。
出産まで外出禁止になってしまいました。
病院では少しずつ中毒症状が出てきだし、食事制限が掛かるようになり、普通食のカロリー制限から中毒食になってしまいました。

しかし、私はその食事ではストレスが溜まりそうになりそうでした。
そんな中で、先生に知られると怒られそうですが、間食に甘いオヤツ少々食べたり、1~2週間に1回主人にお弁当屋さんの「かつ重」を買ってきてもらい、こっそりと食べていました。
次の日の検査では「尿酸値が上がっていた」のは、このお弁当のせいだろうなぁ!と心の中で感じていました。
予定日よりも数日早く軽く陣痛みたいなことが始まり、個室に移り経過を見ていました。
軽い痛みは出たり止まったり、時間を計りながら、いよいよ産むときが来ました。
分娩の予備室みたいな場所で陣痛が強くなるのを待っていましたが、念のために無痛分娩にするための痛み止めを入れながらの陣痛でしたが、微弱陣痛が長く続き、まるまる48時間を陣痛に絶えながら過ごしました。
痛み止めなんて打った瞬間しか効いていないような感じです。
さて、いよいよ待ちに待った出産!
主人が傍に居てくれました。

一生懸命私の汗を拭いてくれた記憶だけが残っています。
痛みの中で、私は主人にきつい事を言ったそうですが、全然記憶に無く、なんとなく邪魔だったような記憶があります。
今、そのことを思い出すと笑ってしまいますが、それでも、傍に付いていてくれたことは心強いし感謝しています。

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