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 最近、科学論についての本を読んでいて、今読んでいるのは野家啓一先生の『科学の哲学』という放送大学のテキストです。放送大学のテキストは、その学問の概観を知るには分量や内容、難易度としてもちょうどいいことが多いですね。読み終えたらまたブログに書きたいと思います。

 さて、今回は『科学の哲学』の本筋からは離れるのだけど、読んでいて、へーそうだったんだーなことがあったので、思わずメモ。

 学校は英語でschoolですが、この語源となったギリシャ語のschole(スコレー)は余暇やゆとりという意味だそうです。

 古代ギリシャの哲学者アリストテレスの学派は逍遥学派と呼ばれましたが、その名のとおり、彼らは散歩をしながら学問的論議をしたとのこと。

アリストテレスは『形而上学』の中で、「快楽のためでも実生活の必要のためでもないような知識が最初に発見されたのは、人々がゆとり(スコレー)に恵まれた地域においてであった」と述べている。快楽のためでも実生活のためでもない知識とは、数学や哲学に代表される学問的な知識と考えてよい。つまり、学問が発達するためには人々に日々の生活に追われない余裕、余暇(スコレー)が必要だというのである。

 このスコレーが中世ヨーロッパに入ってスコラ(schola)というラテン語になり、「修道院の付属学校」という意味になったそうです。スコラ哲学のスコラですね。それが英語のschoolになったと。古代ギリシャは奴隷制度があって市民は労働をせずにすんだので、哲学が発達したと言われてますが、そういう物理的・精神的ゆとりが学問を生んだということのようです。

 日本じゃゆとり教育が批判されて、学習指導要領も変わりました。ゆとりの内容が違うんでしょうね。

 なんのための“ゆとり”というのがよくわからないまま、ただ学習内容を減らして、あちこちから批判を浴びてまた方向転換をし、何がどう失敗だったのかの総括もないのが現状のように思います。

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科学の哲学(野家啓一)