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行政ってなんだろう (岩波ジュニア新書) 新藤 宗幸 岩波書店 2008-02 by G-Tools |
『財政のしくみがわかる本(神野直彦)』に続いて読んだ本。図書館で、『財政のしくみがわかる本』のそばにこの『行政ってなんだろう』があったので、せっかくだからと読んでみました。
この本の冒頭で、次のような寓話が始まります。
次郎と陽子が、潅木の林をあちこちに残すこの平原に、幸一の家族ら二〇戸ほどで入植して、九年が過ぎようとしていた。草地を耕し畑を開き、麦や綿花を植えつけた。潅木を用いて丸太で家をつくったのはもちろんだが、テーブルや椅子、ベッドなどの家具もつくった。
あるとき、入植者のリーダー的存在である幸一が入植者たちを集めてこのような話をし始めます。
「おれたちがここに来てもう九年たった。おれのところもそうだが、みんなでがんばったかいがあって、自給自足も終わって、いくらか現金の蓄えもできた。でも仕事は忙しくなるばかりだ。自分の家の農作業をしたうえに、村のことをみんなでする時間を取るのは、だんだんむずかしくなってくると思うんだ。
おれの家のためにいうのじゃないんだが、うちの息子も十になった。これまでおれや女房が読み書きを教えてきたが、十分にはいかない。次郎のとこだって、もうすぐ上は八歳だし、七つになる子は村に八人だ。そこで提案なんだが、みんなで小さな学校を建て、金を出しあって、教師を町から一人雇わないか」
こうして村には学校が建てられ、教師が町からやってきました。その後も、村人たちは土地や用水の利用のルールを決めるにあたって、土地の測量技師や、村人たちの共有のお金の管理のできる人を町から雇うようになります。
この話は寓話ではありますが、アメリカ開拓時代を描いたローラ・インガルス・ワイルダーの『大草原の小さな町』にもあるような状況です。著者はこの寓話により、なぜ行政が必要とされるか、その原理的意味を小さな共同体を例として示し、行政とは、「共同生活を営んでいる人々が決めた意志(政治の決定)に従いつつ、共同生活のために必要な事業を担う雇われ人たちの集団作業である」としています。
「公務員は市民への奉仕者(civil servant)だ」とは、お題目では言われますが、実情も意識もそれからは程遠いように感じます。日本だと未だに庶民がお上に年貢を取られているという認識なんじゃないでしょうか。アメリカなどとは歴史的な違いはありますが、著者による行政の定義は新鮮に感じました。メンバーが手弁当で活動していた草の根NPOがだんだん事業や組織を拡大させ、事務局に有給の専従職員を必要としていくというのに似ていますね。
さて、しかしながらローラ・ワイルダーの時代ならいざしらず、社会が高度に複雑化し、行政も巨大な官僚機構を要するようになってくると話がだいぶ変わってきます。
議会制統治から内閣ないし大統領による統治を超えて、官僚制組織に実質的な政策決定の権限が集中するような状況があらわれてきます。民主主義政治体制の枠組みを残しつつも、こうした権力の実質的移行がみられる現代国家は、「行政国家」ともいわれます。
政治が決定したことを実行していくというのではなく、行政自体が実質的な政策決定をしている「行政国家」になってしまっているわけです。また、法律は立法府がつくる建前ですが、法律のより具体的な内容については政令、省令といった形で役人が決めたり、実際の法の運用に関しては例えば許認可や行政指導など役人の裁量が幅を利かせるということもあります。
そうした行政側の裁量でなされていることの透明化を図るために1993年に行政手続法という法律ができました。自分も不勉強で、そういうものがあること自体知らなかったのですが、許認可などについて行政は具体的な基準を定め、それを事務所に備え置くことなどが義務付けられているのです。今度から、行政から「だめ」と言われて納得できないことがあったら、基準を見せてもらうようにしよーっと。
ネットで調べたら、大阪府のサイトの説明がわかりやすかったのでのでリンクしておきます。
また、この本全体の内容についてまとめているブログも見つけたので、そちらもリンクしておきます。
⇒ 新藤宗幸『新版 行政ってなんだろう』岩波ジュニア新書、2008年2月 – ymsk2002の日記(読書)
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