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2007.05.04

なぜドイツが神聖ローマ帝国になったのか

 先日、ふとした会話の中で「なぜドイツが神聖ローマ帝国になったんですか?」ということを不意に訊かれました。大学受験の際には世界史を選択した身ですが、記憶は遠く、忘却の彼方。答えはなんだかわからなく、わからんままなのもくやしいので家に帰ってから調べてみました。

 せっかく調べたので、その結果をブログに書いておきます。


ゲルマン民族の大移動と西ローマ帝国の滅亡

 ヨーロッパではゲルマン民族の大移動が4世紀後半頃にあって、その中でローマ帝国も395年に西ローマ帝国と東ローマ帝国(ビザンツ帝国)に分裂するに至りました。ゲルマン民族の大移動の背景にあったのはアジア系遊牧民フン族の圧力で、フン族もアッティラ大王の時代に西ヨーロッパに攻め入り、イタリアにも侵入しました。西ローマ帝国はゲルマン人の諸国家と連合してフン族を退けたものの、こうした混乱の中で476年にゲルマン人傭兵隊長オドアケルにより滅ぼされます。


フランク王国

 移動してきたゲルマン人は部族ごとに国家をつくりましが、多くは短命に終わりました。そのなかでフランク王国は9世紀まで存続し、西ヨーロッパ世界の形成に影響を与えました。


ローマ=カトリック教会の成立

 帝政末期のローマではキリスト教が公認され、やがて国教化されるに至りました。カトリック教会の有力教会の中で、ローマ教会は帝国の首都に位置することと使徒ペテロ起源説を根拠に他の教会に対して首位性を主張しました。さらにローマ司教はペテロの後継者として、教皇と呼ばれるようになりました。


ローマ教皇領の成立

 しかしコンスタンティノープルへの遷都が行われ、西ローマ帝国が滅亡するとコンスタンティノープル教会はローマ教会の首位性を否定するようになるのです。ローマ教会はビザンツ皇帝にかわる政治勢力を求め、フランク王国に接近しました。フランク王国では宮宰カール=マルテルが実質的権限を持っていましたが、王家に取って代わるには何らかの権威付けが必要でした。そこで両者の思惑が一致し、カール=マルテルの子、ピピンがクーデターにより即位すると教皇もそれを祝福し、ピピンはイタリア遠征を行ってロンバルド族を討ちました。そのときに奪った領土を教皇に寄進し、教皇領が成立しました。


カール大帝の時代

 ピピンの時代の後、やがてカール大帝(位768-814)が全フランク王国を統一支配することになり、彼は積極的に領土拡大を図りました。8世紀末までには西ヨーロッパの主要部分を統一することに成功、ビザンツ帝国と並ぶ強国となります。

 そこでローマ教皇はカール大帝にローマ皇帝の冠を授与しました。これにより古代以来の古典文化、キリスト教(ローマ=カトリック)、ゲルマン文化が融合し、西ヨーロッパ世界が誕生したのです。


フランク王国の分裂

 カール大帝没後の843年、フランク王国は東フランク、中部フランク、西フランクの3つに分割されました。さらにその後、北イタリアを除く中部フランクは東西フランクに併合、こうして現在のドイツ、イタリア、フランスの基礎がつくられます。


神聖ローマ帝国の誕生

 イタリアでは9世紀末にカロリング家(カール大帝の血筋)が絶え、諸候によりイタリア王位をめぐる争いが続きました。一方でイスラム勢力やアジア系マジャール人の侵入もあり、国内は不安定でした。

 東フランク(ドイツ)でも10世紀初頭にカロリング家は断絶し、諸候の中から国王を選ぶようになります。王位に就いたオットー1世は諸太公の反乱に見舞われますが、マジャール人の襲来により太公軍はオットーの下に結束し、異民族の侵入を退けました。こうして国内での地位を固めたオットーは教皇ヨハネス12世の危機の際、救援要請に応えてイタリア遠征をし、教皇を救いました。そして962年、教皇はオットーにローマ皇帝の帝冠を授け、神聖ローマ帝国が誕生しました。

 なお、オットー1世自身は「尊厳なる皇帝」とのみ称し、「神聖ローマ帝国」の名称が正式に登場したのは13世紀後半になってからのことで、15世紀半ば以降に「ドイツ国民の神聖ローマ帝国」という呼称が一般化しました。


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 ちなみに調べるにあたって参考にしたのは、山川出版社から出ている詳説世界史研究。高校用世界史教科書「詳説世界史」の詳しいバージョンです。こういうの一冊持ってるといざというとき便利かも。

4634034204詳説世界史研究
木下 康彦 木村 靖二 吉田 寅
山川出版社 1995-07

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