文章はヘタクソじゃない……と言うよりむしろ巧い、サイトデザインも読みやすい。なのに何故か書いてあることが分かりにくい人がいます。
特に専門分野に強い頭脳明晰な人(と思われる)に多いような気がしますが、彼らの文章は「読者の知識のレベルが、自分のレベルに達している(もしくは近い)事」が前提になっているような単語を持ち出す特徴があります。
いや、別に頭の良い人の文に限定しなくても良いのですが、「自分が分かっている事は、読者も分かっている事」として話が進められると、その言葉が何を指すのか分からない人にとってはチンプンカンプンなのです。
「難解な言葉を使わないこと」が大事なのではなく、「自分が伝えたい人に、伝わる言葉を使うこと」の方が大事だと思います。そうすると、自分が伝えたい対象に含まれない人は、「ふるいにかけられる」(この云い方が適切かどうかはわからないけれど)ということも自然に起きるでしょう。
読者の層が幅広いメディアとして、まず新聞を挙げることができます。新聞をよく見てればわかりますが、新聞で「ブログ」という言葉を使っているときにはしばしば「ブログ(日記風サイト)」などと書いてあります。ブログという言葉がまだまだ一般的でないから、そのような表記になるわけです。
しかし、ブログという言葉を知らない人向けに「ブログ(日記風サイト)」という表記をするかといったら、たいていのブロガーはそんなことしません。読者はブログという言葉を知っているということが、多くの場合前提になっているからです。
マスメディアである新聞とは違い、その多くが基本的に個人メディアであるブログでは、対象とする読者層をある程度絞る方がうまく運営できると思います。誰にでもわかる平易な内容のブログは、対象が拡散して、逆に誰からも読まれなくなるのではないでしょうか。少なくとも僕は、「ブログ(日記風サイト)」みたいな表記をしているブログがあるとしたら、それを読もうとは思いません。
まー、幅広い読者層を想定するブログももちろんあるのでしょうが、そういうブログはそういうブログで、その人たちみんなが理解できる言葉を使えばそれでよいでしょう。しかし、わかる人だけがわかる文章のブログがあっても、それは全然構わないことだと思います。むしろその方が自然なのではないでしょうか。
読者のターゲットを「最低限‘その言葉’が分かっているレベル(仲間内で分かれば良い)」としているのなら、それでも構わないと思うものの、広く一般に意見を求めようとしたり、初心者に向けて講釈するエントリっぽいのに、妙に難解な単語を用いて作文をしている人が少なくないのです。
難解な単語を用いているということは、そもそも初心者向けではないということなのでは? 一般論として語られるとなんだかよくわからないんですよね。穿った見方もできそうです。
参考:ジャーゴンについて考える(←コメントしてます)
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