4872592913 対話の場をデザインする 科学技術と社会のあいだをつなぐということ (大阪大学新世紀レクチャー)
八木 絵香
大阪大学出版会 2009-08-04

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 科学技術と社会との接点においてはさまざまな問題が発生している。その中でも社会的対立が先鋭化し、深刻なものとなっている代表格は原子力の問題だろう。

 本書の著者は原子力をテーマに対話を探る実践を続けてきた研究者。もともとは民間シンクタンクでヒューマンファクターによる事故や災害の調査分析をしていたが、そこから転じて大学院に入りなおし、科学技術コミュニケーションの研究者となったという経歴の持ち主である。

 本書は、著者らが行ってきた「対話フォーラム」という実践からの気づきと、科学技術コミュニケーションの在り方についての考察をまとめたものである。

 対話フォーラムとは、原子力の問題について、専門家と市民、または意見を異にする者同士が双方向で語り合うという場で、宮城県女川町と青森県六ヶ所村という原子力施設が立地する二つの地域でそれぞれ行われてきた。専門家から一方的に情報伝達がされるというスタイルではなく、専門家と市民の間でも、参加する市民同士でも対話が行われるというもので、著者はそこにファシリテーターとして関わった。こうした取り組みは、日本中見回してみてもおそらく他にはなされていないだろう。

 実は、著者の八木さんとは科学技術コミュニケーションに関するあるイベントでお会いして、その後も何度か顔を合わす機会があり、面識がある。僕は積極的に脱原子力の方向に進むべきと考えているので、八木さんとは立場を異にするが、彼女ががこれまでやってきた対話フォーラムの実践に興味があったし、得るものが多いと思ったのでこの本を読んでみた。

 この本で述べられている一つの大きなポイントは、「価値観が事実を選択する」ということである。

 専門家は、正しい事実(知識)を得ることにより、正しい判断が可能となると考えている。そのため、正しい事実を専門家ではない人々に伝えようと努力する。しかしそもそも人々は、正しい事実から何かの判断をしているのではなく、ある一定の価値観(判断)に基づいて、正しいと思える事実を取捨選択している場合が多い。そして、純粋な科学論・技術論としてではなく、社会の文脈で原子力を捉えて行くとき、その傾向は専門家にも当てはまるのだ。(p.160)

 そして、次のような例が紹介されている。

 六ヶ所村での対話フォーラムにおいて、なぜ再処理工場を安全と思うか、あるいは危険と感じるか、推進している住民と反対している住民の双方が意見交換を行った。すると、推進している人は、あれだけ厳しい管理体制なのだから事故は起こらないだろうと主張し、反対している人は逆に、あれだけ厳しく管理しなければならないくらい危険なのだから事故が起きるに違いないと主張したのである。

 このように同じ事実を見ていても、異なる解釈が生じるということが起きる。むしろ、情報を受け取る人の価値観が事実を選択するのだ。ここに挙げたのは一例に過ぎないが、このような例はいくらでもある。また、こうした傾向は素人の市民だけではなく専門家にも当てはまる。自分がそういう傾向を持っていることにいかに自覚的でいられるか? それに気づくだけでも、対話の意味は大きいと思う。

 原子力に賛成・反対双方の人、科学技術に何らかの形でかかわっている人にぜひ読んでもらいたい一冊。