再チャレンジ支援議員連盟なる組織ができたそうで、これは安倍晋三氏を総裁選で推す中核グループになるようです。そのへんは特に興味はないのだけど、気になったのは安倍氏の発言。

安倍支持議連に90人 中堅、若手が旗揚げ(Yahoo!ニュース – 共同通信)

 安倍氏は政府の「再チャレンジ推進会議」の中間報告に触れ「何度でもチャンスが与えられる社会づくりが大切だ。頑張った人が報われる社会をつくりたい。その中で活力が生まれ、国力も高まる」と指摘。

 「頑張った人が報われる社会」? 頑張った人が報われるというのは、確かに聞こえはいいです。でもその実態は何なのか。

 小泉構造改革の進展は「勝ち組」と「負け組」の二極化が進む格差社会を生み出したという批判があり、その批判に応えるものとして、負け組の人にも再チャレンジの機会を与え、勝ち組/負け組を固定化させないようにしようという趣旨で再チャレンジ支援議員連盟ができたのでしょう。だから、「頑張った人が報われる」という言葉に期待を寄せる「負け組」の人も中にはいるかもしれません。

 しかしこれには問題があります。それは「頑張った」というのを何で評価するのかということです。結局のところ、頑張った過程というのはあまり表に出てくるものではありません。表に出てくるのは結果です。だから、結果を出した人=頑張った人ということで、頑張った人が報われるいうのは、要するに勝った人が報われるということに他ならないと思います。いくら頑張っても結果が出せない限りは「頑張ってない」「努力が足りない」と見なされるのです。

 たとえ再チャレンジの機会を与えられたとしても、勝った者は勝ち続け、負けた者は負け続ける(もちろん多少は敗者復活できる人もいるでしょうけど)。それどころか、常に競争に晒される分、勝ち組になっても負け組になっても生活がよりストレスフルになりそうです。

 じゃ、どうすればいいか。はっきりこれだと云えるものはないけれど、アンチテーゼともいうべき考え方を岩手県が打ち出してますね。後日改めてそれを取り上げたいと思います。