![]() |
ブレア時代のイギリス (岩波新書 新赤版 (979)) 岩波書店 2005-11 by G-Tools |
先日、イギリスのサードセクターの話を聴いて、ブレア政権での改革について関心を持ったので読んでみました。また、「小さな政府」とか「大きな政府」という言葉をよく聞くものの今ひとつわからなかったのが、この本を読んで若干具体的なイメージをつかめたように思います。
1997年にブレア政権が生まれるまでのイギリスの状況を本書をもとに振り返ってみると、戦後のイギリスは「ゆりかごから墓場まで」のスローガンに表される福祉国家体制が取られ、これは労働党だけではなく保守党政権時代にも受け継がれました。しかしながら、70年代のオイルショック以降、イギリス経済は深刻な危機に陥り、財政赤字も増大し、福祉国家を維持することはもはや困難でした。
そこで1979年にサッチャー率いる保守党政権が誕生し、新自由主義を掲げて民営化、規制緩和、減税を基調とした改革を行います。こうした「小さな政府」路線の改革によってイギリス経済の衰退は食い止められ、サッチャー政権は長期政権となり、次のメージャー政権まで保守党政権が続きました。しかし、小さな政府路線が続き、公共サービスが切り詰められることで、イギリスでは教育や医療、福祉などが荒廃し、若年層の失業問題も深刻化していきました。
こうして小さな政府路線の弊害が大きくなったところで、ブレアが率いる労働党が政権を奪還し、「第三の道」路線を進めます。前のブログ記事にも書きましたが、サッチャー流の市場原理主義でも、ゆりかごから墓場までの大きな政府でもなく、「市場の効率性を重視しつつも国家の補完による公正の確保を指向する」という路線です。
そして公共サービスに対しては、国が弱者を手当てする「依存型福祉」ではなく、社会参加への動機付けを支援する「自立型福祉」をめざすという方針で臨むようになります。
具体的な政策の例として、若年層への就労支援を見ると次のような特徴があるとのこと。
こうした政策は若者の失業問題に効果を与えたようで、その他の医療や子育て支援など公共サービスが低下していた分野でも、第三の道路線での政策転換によりだいぶ改善されたようです。
もちろん、第三の道にも左右両派から批判はたくさんあるようで、また第三の道路線で貧困や格差の拡大などの問題も解決していないということもあります。それから、最近では「第三の道」という言葉自体が今ではあまり使われなくなっているようですし、これもすでに死語なのかもしれません。
しかし、議院内閣制で二大政党制となった日本においては、イギリス政治はとても参考になる面が多いように思います。小さな政府を志向した小泉改革の負の面が、格差や貧困といった問題に現れてきていると言われていますが、こうした問題にどう対応するか。
また、「小さな政府」「大きな政府」という言葉も、人によって捉え方が微妙に違っていて、マジックワードになっている感じがします。小さい政府とは、規制緩和か、公務員の数を減らすことか、官業を民業に移すことか、脱官僚支配なのか。文脈によって都合よく使われているように感じてなりません。それから、「小さな政府」「大きな政府」論は、市場と政府との関係だけで論じられていることが多いようですが、市民社会と政府との関係、つまり市民的自治(地方分権なども含む)の大きさということからも論じられるべきなのではないかと思います。
政治家や評論家の人たちには、「小さな政府」「大きな政府」という言葉をもっと具体的な言葉に置き換えて論じてほしいですね。
Leave a reply