『科学の哲学』というタイトルですが、狭い意味での科学哲学にとどまらず、科学史、科学哲学、科学社会学までを範疇とした科学論の本。放送大学のテキストだったこともあって、科学というものがどのような流れを辿ってきたかコンパクトにわかりやすくまとまっています。

 なので、科学について知りたい方、科学には携わってるが科学論とかこれまでやったことがなかったという方におすすめ。しかし、残念ながら本屋ではもう手に入らないみたいです。図書館で借りるなどしてください。これの後継と思われる『社会の中の科学』(中島秀人)という本が同じく放送大学のテキストで出ているので、そちらもどうぞ。

4595308132 社会の中の科学
中島 秀人
放送大学教育振興会 2008-09

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 第3部の科学社会学のところが自分にとっては一番かかわりあいがあるので、以下はその部分についての自分の思い出し用メモ。

■科学社会学の成立

 アメリカの社会学者マートンが科学社会学を創始。彼は1938年に発表した論文で、17世紀のイギリスにおいて近代科学が発展したのは(1)禁欲的なプロテスタンティズムの精神、(2)経済的・技術的要因があったと主張した。

■科学知識の社会学(SSK)とサイエンス・ウォーズ

 クーンのパラダイム論以後、1970年代~80年代にかけて科学知識の社会学(Sociology of Scientific Knowledge = SSK)と呼ばれる潮流が生まれた。SSKは、自然科学や形式科学(数学、論理学)の概念や理論も社会的・時代的条件に制約を受けるというもの。

 こうした主張は次第にラディカルになっていき、科学知識は社会的に相対的なものという認識論的相対主義に行き着いた。現場の科学者からはそうした認識論的相対主義に強烈な反発が寄せられ、SSKの科学社会学者との間でサイエンス・ウォーズと呼ばれる激しい論争に発展した。

 サイエンス・ウォーズはソーカル事件によって終息。科学社会学者からの極端な相対主義的主張は下火となり、科学者側にも科学の専門化支配への反省が生まれる。

■科学の変貌と科学技術革命

 二つの世界大戦において、科学者および技術者が国家の兵器開発研究に動員されるということが行われた。その顕著な例がアメリカにおけるマンハッタン計画である。この国家主導による科学研究開発のあり方は、戦後の平和利用を目的とした科学技術政策に転用された。

 ギボンズらは「科学のモード論」を提唱。科学は、科学者の学術的関心に基づいた研究活動(モード1)から、既存の制度的枠組みを越えた社会的コンテクストの中で行われる専門領域横断型の研究開発(モード2)に転換した。モード2では、知的生産の拠点が多様化・分散化し、大学以外の拠点が研究にかかわるようになり、また研究に対し社会的説明責任が求められるようになった。

■地球環境問題

 レイチェル・カーソン『沈黙の春』(1962)、ローマクラブ『成長の限界』(1972)、オイルショック(1973)、シューマッハー『スモール・イズ・ビューティフル』(1973)などを通じ、グローバルな問題として環境問題がとらえられ、地球資源の有限性が認識されるようになった。そして、大量生産・大量消費の社会の在り方およびそれを支えてきた科学技術思想に見直しがつきつけられることとなる。

■科学技術の倫理と社会的責任

 物理学者のワインバーグは、科学が純粋な科学の枠内にとどまらず他の領域と交差し、社会と横断しながら研究を続けることで生じる諸問題を「トランスサイエンス」という言葉で表現した。これは「科学によって問うことはできるが、科学によって答えることのできない問題群をからなる領域」であり、具体例としては公衆衛生や原発の安全性などが挙げられている。

■科学技術と公共性

 U.ベックは現代社会における最重要課題として「リスク」の問題を指摘した。そうしたリスクについて、科学者間で意見が一致しなかったり、科学のみでは確実な結論を出せない領域が増えてきている。

 このようなケースに対し、「予防原則」や「世代間倫理」という考えが提唱されている。また、社会における科学技術の合意形成の手法として、科学技術の専門家と一般市民がともに同じテーブルについて議論しあう「コンセンサス会議」というテクノロジー・アセスメントも行われている。

○感想というか、思ったこと

 さてさて、今、科学技術社会論関係でいろいろ本やら論文を探したり読んだりしているところなのですが、だんだんわかってきたのはこの分野が日本のアカデミズムの中ではかなりマイナーらしいということ。科学技術社会論だけではなく、科学哲学なんかもけっこうマイナーっぽいですね。大学での講座も少ないようです。

 科学技術大国のわりに、社会と科学技術との関係を研究する人が少ないというのはどうなのかと思います。もっとこの分野で研究する人が出てくるようにならないのかな。

 なぜ日本ではこの分野がマイナーかを思いつきで書いてみると、日本では文系と理系が比較的はっきり分かれているため、こういう文理横断的な学問をやる人があまりいないんじゃないかと。かくいう自分も思いっきり文系ではありますが。

 理系の知識皆無の人が、社会学や哲学からのアプローチとはいえ、専門的に科学について研究することはないでしょうしね。大学受験のあり方から変えないとだめなんですかね。

4480090398 増補 科学の解釈学 (ちくま学芸文庫)
野家 啓一
筑摩書房 2007-01

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